建築と食が生む、町と人の新しい関係性
第2回は、オンデザインパートナーズ様にまちづくりや建築設計の分野における3つのプロジェクトについてお話を伺いました。1つ目のプロジェクトは、東京の学芸大学エリアで行われているまちづくりです。このプロジェクトでは、住民と共に、町のつながりを深めながら高架下の再開発を進めています。2つ目のプロジェクトは、大手警備会社(S社)のオフィス改装で、社員のニーズを反映させながら、対話を促進する新しい空間が設計されました。3つ目のプロジェクトは人の居場所づくりを重視しながら、じっくりと時間をかけて進められている公園のデザインです。
これらのプロジェクトでは、建築が単に建物を建てるだけでなく、そこにいる人の想いやニーズ、カルチャーを反映し、共に作り上げていくプロセスをお話しいただきました。
Points
- 建築が描く、まちづくりと場所の未来像
- つながりを育む、1kmの学大高架下プロジェクト
- 町を知るということは”食を知るところから始まる”
- 対話をデザインする、S社ショールーム改装プロジェクト
- 5年越しの公園デザインプロジェクト
プロフィール
横浜馬車道にある建築設計事務所オンデザインパートナーズ。 住宅から公共建築、まちづくりや拠点運営までを幅広く手がかけている。
建築が描く、まちづくりと場所の未来像
Risa:とても素敵なオフィスですね。久しぶりにお伺いしましたが、以前、FOOD STORY PROJECTではオンデザイン様の全社会でケータリングランチを提供させていただきました。今日は、建築と食について幅広くお話を伺いたいと思います。まず、みなさんの仕事内容について教えていただけますか?
Chiyoda:当社は建築設計事務所で、社員は現在約60名います。私は主に、建築を始める前段階の計画に携わっています。具体的には、まちの方々と一緒に、その場所をどう活用し、どんな場所を作るのが良いかを考える役割です。まちを実際に歩いて回ったり、住民の方々にインタビューを行ったりして、このまちにどんな課題があるか、また、どのような場所が必要かをお聞きしながら、いただいたアイデアを形にしていきます。私たちは「楽しくまちの未来を考える場をつくる」ことを大切にしていて、時にはみんなで食事やお酒を楽しみながら、まちへの愛を語り合うこともあります。そういう意味では、まちづくりと食事はとても相性が良いんですよ。
Tsuruda:私は設計を中心に担当しています。住宅やオフィス、公共施設の設計が主な仕事です。大学時代はまちづくりに関する研究室に所属していたので、建築を単体で考えるのではなく、その地域の歴史や住民の想いを反映させるような作り方が好きです。特に、複数の人々と意見を出し合いながら進める「ワークショップ」に興味があり、以前は模型作りのワークショップを開催しました。参加者に模型を作ってもらって具現化したり、描いてもらった絵や意見を読み解いて、どのようなオフィスにしたいかを等を話し合うプロセスを大切にしています。
Yoshimura:私は比較的規模が大きい設計を担当しています。現在担当しているプロジェクトも建築を始める前段階からかなり長く関わっていて、5年目に突入しています。全体としては8年間にわたるプロジェクトで、住民やそこで働く人の想いを聞き続けながら、設計を進めています。
Risa:みなさんのお話を伺っていると、クライアントから「この建物を作ってください」と具体的な依頼が来るのではなく、「どんな場所が理想的か」を一緒に考える段階から始まることが多いのでしょうか?
Tsuruda:そうですね。まちやその場所をより良くしていくためには、まちの方々とともに、じっくりと時間をかけて進めていくプロセスが大切なんですよね。実際に、クライアントから「こういうことをしたいのですが、どうすればいいですか?」と相談されることが多く、その想いを一緒に言語化し、形にしていくのが私たちの役割です。
Risa:「建築」というと、まず「作る」ことがスタートだというイメージが強かったのですが、実際にはもっともっと前の段階から、まちの人々と一緒にアイデアを練り上げるんですね。
Risa:さて、お弁当を作ってきたので、ここから食べながらお話しましょうか。
Risa:本日のメインは唐揚げです。サブメニューは紫玉ねぎとズッキーニのグリル、ゆで卵、塩麹のキャロットラペです。先日福井県の越前海岸に行ってきまして、湧水で生活ができるくらい水の綺麗なところで育った鶏の卵です。唐揚げも越前海岸の「百笑の塩」という海の塩で作った塩こうじに漬け込んで作りました。
Chiyoda・Tsuruta:おいしそうですね!いただきます!
好きなおかえりごはん(おうちメニュー)は?
Chiyoda:ハンバーグです!
Tsuruda:優しい味付けの和食です。手作りのだし巻き卵と温かいご飯があれば幸せですね!
つながりを育む、1kmの学大高架下プロジェクト
Risa:これまでのまちづくりプロジェクトの中で、特に印象に残っているものはありますか?
Chiyoda:特に印象的なのは、現在進行中の東京・学芸大学周辺での1kmにわたる高架下再開発プロジェクトです。このプロジェクトは、スタートしてから5年目に突入していて、住民のアイデアを取り入れながら進めています。
Chiyoda:最初に行ったのは、住民の声を集めるためのヒアリングでした。新しい場所を作る際には、「どんな施設ができるのか?」「誰がこれを進めているのか?」「昔のままが良かったのに…」といった、プラスもマイナスも含めた様々な感情が住民から生まれます。そのため、住民の皆さんが疑問や不安を抱えたままではなく、一緒に1kmの高架下について考えようという意図で、ヒアリングを開始しました。具体的には、目立つデザインの台車を使って商店街を練り歩き、飲食店経営者や”学大好き”住民を10名ほど集めて、食事をしながら「学大愛を語る会」を開いたりしました。
Chiyoda:こうした取り組みを続けるうちに、住民の方々が私たちに声をかけてくれるようになり、さらに参加者同士も親しくなりました。そして、住民参加のイベントやワークショップを開催する流れが生まれ、「みんなのアイディア実践中」という企画のもと、野外シネマやDIY、マーケットなどが行われるようになりました。現在では、90組以上の出展者が集まる大規模なイベントに成長しています。
Chiyoda:でも最初の頃は、住民の皆さんはほとんど知り合いではなかったんですよ。学芸大学エリアはクリエイターや個人飲食店などのプレイヤーが多い地域ですが、横のつながりが少ないことが課題とされていました。そこで、つながりを生む場を設けたことで、住民が主体的に参加し、クリエイター、デザイナー、個人飲食店、商店街の方々、建築家、不動産事業者など、さまざまな視点を持つ人々が集まり、まちづくりが進展していきました。
Chiyoda:当初は、私たちも机上の計画だけで進めていました。コロナ禍でリサーチが十分に行えない状況でしたが、まちを実際に練り歩くことで、住民の声がどんどん集まり、思っていた以上に多くの意見が出てきました。その結果、「これは設計に反映しなければ!」という思いが強まり、住民と一緒に進めることでプロジェクトがより楽しく、意義深いものになりました。
Chiyoda:また現在では、住民が参画する「学芸会」という運営チームも立ち上げています。このチームは、1kmの高架下のリニューアルが完成した後も、サステナブルな取り組みを続けていけるように、学芸大学の将来を考えるためにまちのキーマンたちと共に活動しています。
町を知るということは”食を知るところから始まる”
Tsuruda:私の大学時代の先生が、「町を本当に知るということは、”食を知るところから始まる”」とよくおっしゃっていました。地域に新しいものをつくる際は、リサーチから始めることが多いのですが、とにかくまず、町のいろいろなショップや飲食店に入り、お店の人と話をしたり、町の文化や食に触れることが重要だという意味です。実際にこうしたアプローチを取ると、町の特徴や住民の生活がより深く理解でき、解像度がぐっと上がるんですよね。
Risa:食をきっかけに、町の人々やその関係性がより鮮明に見えてくるんですね。
Risa:おそらくそのプロセスがとても重要で、まちづくりプロジェクトは完遂までに長い月日がかかるようですが、その間にも町や人々のつながりが深まっていくのだろうと思います。さらに5年10年先を見据えて、どう変化していくのかを考えると、終わりがあるようでないプロジェクトとも言えますね。
対話をデザインする、S社ショールーム改装プロジェクト
Tsuruda:私は、大手警備会社(S社)の本社にあるショールームの改装プロジェクトが特に印象に残っています。S社では、時代の変化に伴い、従業員同士がもっと交流し、情報交換をしやすくすることで、新しいチャレンジができる会社にしていくべきだという声が上がっていました。そこで、有志の従業員が社長に直談判し、古くなって使われていなかったショールームを活用したいと提案し、プロジェクトが始まりました。いわば、従業員が社風を変えたプロジェクトです。
Tsuruda:オンデザインが依頼を受けたのは、「ショールームを改装して何か新しいことを始めたいが、具体的に何をすればいいかわからない」という段階でした。そこで、最初にS社とオンデザインで共同チームを結成し、ワークショップを開催して、従業員さんのリアルなニーズを聞き出すことから始めました。
Tsuruda:そうしてニーズを言語化し、新しいオフィスのビジョンを明確にしていく中で、「対話」がキーワードとして浮かび上がってきました。社内の対話、若手社員と上司の対話、さらには社外との対話が重要だという結論に達し、これをテーマに設計を進めていきました。
Tsuruda:設計では、「ライブラリー」「ギャラリー」「フィールド」という3つのエリアを設けました。ライブラリーは本を置いて興味や関心を共有する場所、ギャラリーは外部に向けて発信する場所、フィールドは実験的な取り組みを試す場所として設計しました。
Tsuruda:特に効果的だったのは、キッチンを設けたことです。キッチンのような場所は、自然と誰かと時間を共有するきっかけになると考え、対話の場として重要視しました。実際に、これまで自分のデスクで一人でお昼を食べていた女性社員さんが、キッチンで他の社員と待ち合わせて一緒に昼食をとるようになったそうです。また、ライブラリーとフィールドには移動式の椅子を配置し、自由にスペースを作れるようにしました。お弁当を持った社員さんたちが「今日はどこで食べる?」と楽しそうに話しながら、お昼を楽しんでいると聞いています。
Risa:働く場所の中でも、食事を通じてコミュニケーションが生まれ、自然に対話できる、ということなんですね。仕事の合間に、誰かと話しながら一緒に食事をするのと、デスクでさっと一人で食べるのでは、気分も全然違いますよね。
5年越しの公園デザインプロジェクト
Yoshimura:私は現在進行中の公園プロジェクトが印象的です。このプロジェクトでは、公園内に小さな商業施設をいくつか設置しています。クリスマスマーケットのような雰囲気を持たせて、小屋でいろんな販売ができる空間を作るイメージです。特に印象的だったのは、既存の公園にピクニックシートを貸し出して、まちの人たちがどの場所でどのように過ごすかを観察したことです。まちの方々の居場所づくりや、公園全体のデザインを考えるうえで非常に重要な体験でした。このプロジェクトは開始から5年目を迎え、建築を始める前段階にじっくりと時間をかけているんですよね。
Risa:5年間という時間はとても長いですね。私は飲食店づくりに携わることが多いのですが、多くの店舗は半年から1年前後で完成します。だから、5年かかるプロジェクトは想像できないくらいです。でも公園は将来ずっと町の中に存在し続けるものですし、それだけ長くまちに関わることで、人との関係やまちへの愛着も深まるのだろうと思います。
最後に
3つのプロジェクトについて伺い、建築は単に「建物を建てる」ことが始まりではなく、まず「そこに住む人々の想いやニーズ、そしてその地域のカルチャーを理解する」ことから始まるのだと、改めて感じました。こうした想いやカルチャーを建築や空間に反映させることで、町全体が暮らしやすく、住む人が幸せを感じられる場所になるのですね。
さらに、「場所・空間」と「食べること」が組み合わさることで、町や人の関係性を大きく変える力があると実感しました。私自身も、飲食店をゼロから作り上げたり、ケータリングを続けてきた中で、食事が人をつなぐ力を持っていることを感じています。例えば、普段は話さないような人たちでも、「これ、一緒に食べよう!」と声をかければ集まるきっかけになりますし、その場が楽しかったからまた集まろうという流れが生まれる。食べる場には、人と人をつなぐ大きな力があるのだと思いました。
Interview:Risa Sugawara
photo:Keisuke senoo